また逢う日まで

2017年8月、愛する人が亡くなりました。ただただ悲しい気持ちばかりですが、現実と向き合いながら生きていこうと思います。この世にはもういないけれど、また逢える日を信じて。

風邪

風邪ひいたのかな。

喉がかなり痛い。


「海に入ってると風邪をひかない」

彼がそう言っていた。

年に1度はなっていたのが

がっつりサーフィンをするようになってから

確かに風邪ひいてない。

もう2ヶ月以上入っていないせいかな…


だけど彼は定期的に風邪ひいてた気がする。

少しダルいと思ったらすぐパブロン飲んでさ

もう効き目なかったんじゃないかな。

亡くなる前の咳も風邪だと思って飲んでたな。

うつされたかも!そう言って私ももらったパブロン

彼から最後にもらった物は風邪薬だった。

今でも捨てられない。


同じ職場で働いてる時

彼とは同じチームになることはほとんどなかった。

(シフトをつけていた人の陰謀で

私情は挟まないようになんて言って

仕事に持ち出してたのはその人だった)

仕事中に2回体調を悪くしたことがあった。

なぜかそうゆう時に限って彼と同じだった。

そのうちの1度は看病したら彼にうつされて

吐き気がとまらないひどいものだった。

代わりの人がいないから私の分も彼がやることに。

今考えてもありえない仕事量

「任せて」そう言ってくれて

忙しいのに様子も見に来てくれて…

今でもこの日を覚えてる。

あまりにもひどいから、彼の家に連れて行ってくれて

それが初めてだったな、相手の親に会ったのも。


彼と「今日は同じだね」なんて言った日に限って

仕事できなかったから堂々と一緒にした記憶あまりないな。

(彼がいつも遊びにきて手伝ってくれてたけど)

きっと安心して疲れが一気にでたに違いない。

それほど頼りにしていたんだよね。


毎年冬になるとこの時の話をしてさ、

懐かしんで文句言ってたな。

「もう二度とうつさないでよ」って。

今年からもう言えないのか。

彼から仕事の文句も聞けないのか。

もう冬を一緒に楽しめないのか。

そんなの考えられないよ。


風邪なんか引きたくない。

「静かに寝ててくださいな」

そう言ってくれる彼もいないし

何よりもうこれ以上弱りたくない。

メッセージ

久しぶりに夢に出てきてくれた。
想う気持ちが届いたのか
あまりに心配で会いにきてくれたのか。
スーパーでセロハンテープを探す夢。
(テープがもう伸びてる変な状態だったけど)
時間がかかるから彼に先行って待っててと言う。
もうある場所は見つかってるのに
決められず長い時間悩んでしまう。
早くしないといけないのに
(彼は待つのが嫌いだから)
思った以上に時間がかかって焦って出る。
どこにいるのか駐車場を探すと
彼の車、ハイゼットに乗って待ってくれてる。
乗ろうとしたけど彼の車の前には
赤い大きなコーンがあってどけなきゃと思い持ち上げる。
その時に彼とバックミラー越しに目があったのに
彼はいきなりアクセルを踏みぶつかってくる。
無事車に乗れたけど
「なんでそんなことするの?」
そう聞いても返事はなかった。
そこで夢が終わった。


私は彼からのメッセージだと思った。
ねぇ…この夢はどう受け取ったらいいの?
長い時間待っててくれたのは
『急がなくていいよ』ってこと?
車に乗せようとしなかったのは
『まだくるな』ってこと?
それとも待つのは嫌だから
『早くして』ってこと?


自分なりに考えた。
『今はまだ急いでこなくていい
だけどずっと待ってるから』
好きなように解釈しただけかもしれないけど
私は彼からのメッセージをそう受け取った。
なんだか少し嬉しかった。


それと同時に
もう夢でしか彼と会えないことが
悲しくてしょうがなかった。



正体

昨日の夜、親ときちんと久々に話した。
その話の中で「病院に行ってみたら」と。
この体、心の不調の正体…
もしかしたらうつ病ではないだろうか。
昔からすぐ不安になったり、極度の心配性で
病気について調べたり心理学について興味があった。
知識としては少しならある。
少し前も実家に帰った時、慣れない環境になったせいか
尋常じゃない汗が吹き出して
眠れなかったり動悸がすごかったり
自律神経失調症かなって。
それでも彼に話すと
「運動不足じゃない?」とか言って
まともにとりあってくれないんだけど
うちを安心させてくれてた。
今思うと彼らしくて笑えるな。


彼が亡くなってから
動悸がすごい
夜中に目が覚める
たっぷり寝てるのに眠い
やる気がでない
考えたり判断するのが遅い
体重が減ったのに食欲は増した
突然涙がでてくる
悲しみ、絶望を感じる
生きる希望がない
他にもさまざまな症状がある。


ただ彼が亡くなったのだから
当たり前のことなんだと思ってる。
病気ではなく経験した人なら当然の感情だと。


病院やカウンセリング行ったらよくなるの?
薬を飲めば楽になるの?ただ話を聞くだけ?
「彼はずっと悲しんでるのを望んでない」だの
「彼は見守っててくれるから」とか言われるの?
(行ったことないのであくまでもイメージ)
こうゆう言葉は同じ気持ちを経験した人同士が
ともに生きていく、支えあう、分かち合う
だからこそ出てくる言葉なのだと私は思う。
経験しないと分からない気持ちだし
それでも生きていくしかないのだから。


本気で理解しようと寄りそってくれる人もいる。
温かい言葉をかけられて、励まされて
涙がでるほど嬉しくなる時もある。
私は一人ではないのだと思える時もある。
だけど…
そんなことはもう分かってる
そんな言葉が欲しいわけじゃない
そう思ってしまう時もある。
生き返るなら何でもするのにもう戻ってこない
それができないから辛い
それをできないことが分かってるからこそ
この気持ちと闘わなきゃいけないのだ。
受け入れて前を進んでいく
そうしたい、そうしなければ
それができないからこそ今の自分がいる。


こんな風に自己分析もできる、客観的に見ることができる
だから自分は病気ではないどこかでそう思っている。
認めたくなくて、彼がいた時のような自分でいたくて。
うまく言えないのだけど
心の病気がカッコ悪いとかそうゆうわけではない。
強がりかもしれないし、性格的なものかもしれないし
逆に病気だと思うことで
かわいそうな自分でいたいのかもしれない。
どれがほんとなのか、どれもほんとなのか…
分からない。
彼なら「考えすぎ、気にしすぎ」そう言う気がして…
彼が見守ってくれてるのなら
なおさらそうゆう自分でいたくない。
いつも笑っていた、くだらないことが言える
幸せな自分でいたい。
どれもほんとの自分なのかもしれないな。


それでも、少しでも、何か変わるなら
行ってみるのもいいのかもしれない。
ゆっくり眠れれば
症状が治れば
一つでもよくなれば
何か変わるかもしれない。


同じように闘ってる人と
ともに進めると信じて…